神主になった私と一宮神社について

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改めまして、一宮神社の禰宜です。禰宜はネギと読みます。

一般的な企業の役職は社長→(社長代理)→部長→課長ですが、神社でいうと宮司→(権宮司)→禰宜→権禰宜になります。宮司の祖父と二人でご奉仕しています。

まずは、私が神主になったきっかけと一宮神社の禰宜として奉職することになった経緯など自己紹介させてください。

まさか自分が神主になるとは

思いもしませんでした。幼い頃から祖父が神社で神主をしているとはなんとなく知っていましたが、自分とは関係がない話だと思っていました。

神主は基本的には代々神主の家系の者が継いでいきます。資格もとらなければいけません。全く関係ない人が無資格で出来るものではないんです。

自分が神主になるつもりはさらさらありませんでしたが、祖父の神主の仕事を少しでも手伝えるなら、と思い神職の資格を取るための講習会を大学2年と4年の時に受講しました。

資格をとってからは年4回行われる大きな祭りに神職として参加するようになりました。

東京で就職し会社員をしていました

大学卒業後、一般企業に就職し会社員として勤めていたのですが、宮司である祖父が嘆くようになったのです。

「自分も、もうそんなに長くない……神社の跡取りは養子を取るしかない」

祖父も東京で生まれ育った私に「南魚沼に来て神社を継いでくれ」とは言えなかったんだと思います。だから、祖父は養子を取る事を本気で考え始めていました。

いやいやちょっと待ってください。見ず知らずの人に神社を任せるなら私がやります。

自然にこう思いました。そこからは仕事を辞め、資格を取るための実習も受け(講習会を受講するだけではなく実習もあります。今度神職の資格についても記事を書きますね)、一宮神社の禰宜として奉職する運びとなりました。

私の祖父、一宮神社の宮司です。彼はセブンイレブンの牛丼が大好きでかれこれ三年近く毎日食べています。変人です。

御年85ですが、若く元気です。神主には定年がありません。高齢になってからもやらなければならない事がある人は若いのでしょう。

南魚沼で白髪の老人と若い女の神主がいたら、それは確実に一宮神社の神主です。温かい目で見守ってやってください。

一宮神社について

文献や資料が残されていないのですが、「江戸時代にはあったらしい」という事だけは伝えられてきています。

と言っても江戸時代は長いので……最低でも150年、もしかしたら400年近く鎮座しているのかもしれません。これから色々調べていこうと思います。どこかにヒントがあるかもしれませんからね。

冬の雪の降る間は雪の中に埋もれています。3月12日の「農具市祭」の時に境内の参道に雪を平らにして道を作ります。その作業等は氏子の方々がやってくださっています。本当に有難うございます。

狛犬は本来は高い位置にいるのですが、写真を見れば分かるように3月12日では同じ目線に狛犬がいます。雪が沢山降り積もる地にこの一宮神社はあります。

この一宮神社に最も参拝者が訪れるのが3月12日の農具市祭です。

夏の間はこんな感じ。ホラー感満載な写真しかありませんでした……。普段は参拝者もいないような、田んぼの中でひっそり佇んでいる神社です。

自分が奉職している神社なのですが、まだまだ勉強不足だったり分からない事も多いんです。移住したら色々調べて、それをまたブログで報告させて貰います!


おしまい

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ABOUTこの記事をかいた人

新潟県南魚沼市大里に鎮座する一宮神社がブログを始めました。3月12日の農具市祭が有名です。 神主だからこそ発信できる情報、南魚沼での生活のことなどを綴っています。